私が開院した理由

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ケガに悩まされていた学生時代

幼少期からスポーツが大好きだった私は、様々なスポーツをして、日々過ごしていました。

サッカー、剣道、水泳です。

本格的にサッカーをしていくと決めたのは、丁度小学生の部活が始まる4年生の頃で、2学年上の兄もサッカーしていた影響もありますが、それ以上に叔父が名古屋グランパスエイトのプロサッカー選手になったことが大きく影響を受けています。

それからというもの小学生から高校卒業までサッカーに明け暮れ、毎日休みなく練習を繰り返していました。

休みは夏休みの数日と年末年始の数日で、1年の360日以上サッカーをしていました。

そんな中でも、ケガをして苦しむ日々がありました。

足首の捻挫、足首痛、オスグットシュラッター病、肉離れ、腰痛。

キャプテンだから休めない、レギュラーを取られるから休めないという理由で、我慢しながらプレイしていた時期もありました。

限られた時間の中でなんとか早く治したいという思いで、鍼灸、マッサージ、接骨院と通院する中で、怪我が楽になったり、回復していくのを目の当たりにして、学生ながら先生方の技術に感動したのを覚えています。

その先生方の助けの御蔭で、中学生の頃には全国中学校サッカー大会で日本一になったり、高校では90人の部員を束ねるキャプテンを務めさせていただく貴重な経験ができ、本当に感謝申し上げます。

サッカーに携わるための選択

サッカーする中で、プレーヤーとしての限界も中学生の頃くらいから感じはじめ、将来サッカーに携われたらと漠然と考えていました。

そう思ったのは私がサッカーを通じて技術だけでなく、チームワーク、礼儀、上下関係、時間管理、人脈、人との付き合い方など、言葉で表せないほど多くの事を学び成長することができたからです。

元々ケガで接骨院や鍼灸院などに通院していて、治療家という職業に興味はありましたが、そこまでピンときていませんでした。

しかし、2002年のサッカーW杯後に発売された「6月の勝利の歌を忘れない」という日本代表のプライベートDVDのあるシーンを観た時に、確実にピーンっときました!

それは、日本代表の選手が治療家(トレーナー)からマッサージを受けているシーンです!
ただ、マッサージを受けているだけではなく、時には選手とダジャレを言い合って笑ったり、時には真剣に身体のアドバイスをしたり、時には選手の相談に乗ったりと、多面性を持った職業なんだと感じました。

そして私も選手(クライアント様)に寄り添える治療家になろうと決意しました!!

それからはどうすれば治療家・トレーナーになれるのかを徹底的に調べ、学校の先生に聞いたり、接骨院の先生に聞いたりしました。

そして高校卒業後はマッサージ・鍼灸の国家資格を取得するために中和医療専門学校へ入学することを決断しました。

続く...

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